「金融庁を強化せよ」とずっと主張してきたなかの一人だったからである。 私がニューヨーク連銀から日本の野村総研に来た当時、日本には5OO人しか金融検査官がいなかった。
日銀に20O人、大蔵省に3OO人いただけである。 しかも、日銀の20O人はしっかりしていて世界的にも評価が高かったが、大蔵省の3OO人は金融の知識も充分ではなく、またアメリカの銀行検査官が与えられているような権限もほとんど持っていなかった。
当時の日本の銀行の総資産は、アメリカの銀行の総資産とほぼ同額であった。 それにもかかわらず、アメリカでは8OOO人のプロ(通常の官僚より給料が高い)が金融を検査しているのに対して、日本はたったの5OO人。
下手をすると、日銀の20O人しか見ていなかった。 そこで私は90年代前半からずっと、「銀行検査の人員を10倍にすべきだ」と主張していたのである。
私が当時何よりも恐れたのは、刻一刻拡大していく邦銀の不良債権問題に対し、当時の大蔵省がまったく国民と市場の信頼を失っていたという点であった。 つまり、当時の大蔵大臣は、まったく何の根拠もないのに「最悪期は脱した」という発言を連発し、誰からも相手にされなくなってしまっていた。
つまり国民も市場も大蔵省は事態の深刻さをまったく把握していないと思っていたし、事実それに近い状態が存在していた。 一国の銀行当局がその国の銀行の不良債権問題を正しく把握していないと思われることほど恐ろしいことはない。
実際にそのことで日本の銀行は海外での資金調達で大変苦しめられていた。 日本の銀行システムのE全性に対して全世界が大きな不信を抱いていたからである。
ニューヨーク連銀で実際に銀行行政に関わっていた私としては、とにかく日本の当局の信用度、信頼度を高めることが最優先課題と思えたのである。 そうした議論が高まるとともに、金融庁も強化され、最後は大蔵省から分離独立した。

まさかその金融庁が、T中平蔵金融担当大臣の時代に「国民のお金を入れたのだから返すのは当然だ」などと平気で言い出すような組織になろうとは、私は夢にも思っていなかったのである。 戒していた。
今にして思えば、彼らは正しかった。 というのも、銀行の経営者のみなさんは日本の官僚がどのような人種なのかわかっていたからである。
わかっていなかったのは、リチヤード・クーだけであった。 これは本当に残念なことであった。
当時の日本にとって、資本投入も金融庁強化も絶対不可欠であった。 ただその後の同庁の暴走や暴言は日本経済に少なからずのマイナスを与えており、今後そのようなことが起きないようにするためにも、制度上かなりの改善が必要だと思われる。
日本の金融庁が銀行に出している書類のなかには「当局の処分について外部の弁護士と相談してはならない」という文章が平気で載っているが、アメリカでは当局の処分を不服として裁判になるケースも少なくない。 このようにアメリカでは権力の暴走に対するセーフガードがあるので検査官側もそれなりの緊張感を持ち、またその結果、彼らの判断は民間に尊重されるのである。
アメリカにおける資本投入のきっかけとしては、経済状況が悪化して一般国民が悲鳴を上げるようになるのが一つ。 それは先述したとおりである。
もう一つの可能性は、例えばシティバンクがアブダピのSWFから借り受けた資本に対してなら、アメリカ政府に資本投入してもらってその金利を自国の政府に支払った方がいいのではないか」という声が上がることである。 そうすれば、すべてが国内で回るわけだから、「その方がずっといい」という議論が必ず出てくるであろう。

そうした気運が高まるまでには、日本でも経験したようにまだ相当な好余曲折があるかもしれない。 いずれにせよ、本当のコアとなるべき対策はやはり金融機関への資本の投入である。
資本投入まで話がいけば、いま直面している問題のすべてが解決するわけではないが、銀行は再び資金を貸せるようになり、金融部門からくる景気へのマイナス要因は抑えられるはずだ。 今年は政治の年であり、経済合理性だけで政策が進まないことは充分考えられるが、いつ行政当局が資本投入に踏み切るかが、今後のアメリカの金融と経済を見る上での重大なポイントになるだろう。
サブプライム危機に代表される米国の金融問題は前章で言及したが、この問題も住宅価格の下落という実体経済における変化がトリガーになっている。 それでは同国の実体経済が今後どのように推移していくかだが、これはひとえに住宅価格がこれからどれくらい下がるかということにかかっている。
その住宅価格の将来については、シカご・マーカンタイル取引所(CME)に上場している住宅価格の先物市場が参考になる。 アメリカの住宅価格の上昇率は、バブルの時の日本のそれとまったく同じ上昇率であった。
バブル期の日本では近畿圏が最後に突出した部分があるが、これを除けば両国の価格上昇曲線はまったく同形と言っていい。 違っているのは、日本の不動産バブルとその崩壊は基本的に商業用不動産から始まったが、アメリカの場合は個人住宅が主導的だったことぐらいである。
バブルが崩壊すると、東京でも大阪でも住宅価格が一気に下がった。 また図7の米国の先物価格には点線と実線があるが、これは20O7年9月時点の先物価格とO8年6月の先物価格を表している。
これを見ると、先物価格がかつての日本の住宅価格の下落パターンに近づいているのがわかる。 したがって、この先物市場によれば今回のアメリカが日本と似たような経過をたどる可能性は高く、また同国の住宅価格は2010年まで下げ続けるということになる。
これから数年間、住宅価格が下げ続けるのであれば、家を売る側からすれば今すぐ売らなければいけない。 買う側は極力購入を遅らせようとするだろう。

みんながそのような行動を採れば住宅価格はさらに下がる。 もちろん、先物の指標が下落傾向を示しているからといって、必ずしも現実の価格がそうなるとは限らない。
ここに現時点での住宅市場参加者の将来予測が集約されていると解釈すれば、事態はやはり、かなり深刻だと言わざるを得ないのである。 アメリカでこれだけ短期間に住宅価格が下がったのは大恐慌以来、初めてである。
20O8年2月時点で、全国平均でピークから約15%、ラスベガスやサンディエゴなどはもう20%以上も下がっているが、この7十数年間でこれほど下がったのは今回が初めてである。 不動産の下落が主導したものであった。
当時は80年代の後半から、バブル絶頂期にあった日本の資金がアメリカの不動産にかなり流れ込み、ロサンゼルスのダウンタウンではセキュリティー・パシフィック銀行の本社ビルを除くすべてのビルを日本企業が保有していたような時代であった。 9O年に入って日本のバブルが崩壊、日本の投資家は海外不動産投資どころではなくなり、その煽りを食うかたちでアメリカの不動産も値崩れしたのである。
その結果、図7にあるように1991年から95年までまったく住宅価格が上がらないという状態が続いた。 今回の住宅バブルの崩壊はその時の比ではない。
大恐慌以来、全国的に住宅価格が下がったことはないのだから、アメリカの一般家計にとって今回の出来事は一生で初めての経験である。

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